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第11話|逃げて逃げて逃げ続け、逃げることからもまた逃げて

旧号

前説

親哀なる読者諸豚、朗報だ。
簡潔に要約すると、これにて完結である。

しかし物語というのはまったく不憫なものだ。勝手に生み落とされた挙句、その大半はひょいっと放棄される。ひょっとするとあなたにも心当たりがあるのでは?もしそうだとしたら、今この瞬間あなたは絶好の機会を得たことになる。

一体何の?その答えは喪黒福造の口から語っていただくとしよう。
「さあ、もう一度あの書きかけの物語と向き合うのです」
その瞬間、あなたはあのぴかぴかと鳴り響く効果音の中に練り込まれてゆく。

物語は、あなたが再び筆を下ろすその時をじっと待っている。あの欲求不満の団地妻しげこのように。だが飽くなき彼女が真に欲するのはあなたの筆下ろしの方である。

どうするかはあなた次第だ。ただ、言い伝えによればそれを彼女に捧げることで永遠に枯れることのないカウパーを手に入れられるという。

実をいうと、私もそれを手に入れた者の一人である。無論、この文章を書いている今もその状況下にある。これから先はどうか、そのことをよく理解した上で読み進めていって欲しい。

と、いつものように前置きが長くなった。まさにカウパー漏らして例に漏れず。それではいよいよ最終話の始まり始まり。ハンカチまたはティッシュのご用意をどうぞお忘れなく。

最後に一つだけ。
(・) (・)←おっぱい

本編

2023.01.16

再び熊野市駅に降り立った僕を、懐かしい風景たちがツンと出迎えてくれた。わけもなく僕を魅了するこの街がどうにもいじらしい。そういうわけで、僕はこの街に住みたいと思った。

入り口の前に立ち、軽く一度深呼吸をした。それから勢いよく引き戸を開けると、座椅子の背もたれからツンとはみ出た山ちゃんの頭が僕を出迎えてくれた。「ただいま」と僕が言い「おかえり」と彼が言う。他愛のないそんなやり取りが妙に嬉しくて、自然と僕はその場で嬉ションを放っていた。

あれからずいぶんと長い時間が経ったように思うけど、実際はたったの4か月。内気さと意気地のなさと逃げ足の早さだけが取り柄のあの僕がこうして新たな一歩を踏み出すなんて、きっと創造主でさえ予想だにしていなかっただろう。感慨に耽りながら、僕はもうひとつおまけに嬉ションを放った。

滞在中はほぼ毎日山ちゃんと夕食を共にした。外食は最初の一週間で卒業し、それ以降は節約のため一緒に料理を作るようになった。基本ソロプレイの僕にとって、この経験は他人を知るとても良い機会となった。

昼は喫茶店をふらりと巡り、夕方は海沿いを散歩して、夜はスーファミで遊び、夕食は山ちゃんと食べ、その後は深夜まで延々と語り明かし、時には他の宿泊者と飲んだり出かけたり、とやっているうちに気付けば2月になっていた。

物件探しの方は全く進んでいなかった。濱田氏からはいくつか物件を紹介していただいたものの、どれもいまいちピンと来なかった。正直なところ「こんなふうにゲストハウスに長期滞在しながら各地を転々とするのも悪くないなぁ」とも思い始めていた。自分にはそっちの方が合っている気さえした。すると呆れ笑いを浮かべた師が努めて優しく囁きかけてきた。

師「てか逃げたいだけっしょ?」
師「でも便利なもんだよね。そうやってもっともらしい理由をでっち上げておけば自分が傷つくこともないわけだしね。だけど君が本当に逃げたいのは、そういうズルい自分自身からではなかったかい?」

当時の日記を読み返してみると、こんなことが記されていた。

本音を言えば、本当に一人で暮らしていけるか不安になった。現地を訪れて日常に忍び込んでみて気付いたことは、場所が変わってもそれほど自分は変わらないということだった。町の規模が小さくなればその分動きやすくなるだろうと呑気に思っていた。でも全然そんなことはなかった。

2023年1月26日の日記より

快適な場所から抜け出そうと思っていたはずなのに、気付けばまたそういう場所を探し求めてしまっていた。

2023年1月30日の日記より

閉塞感は都会にいるせいだと思っていた。あの無機質なコンクリートに囲まれた非人間的な暮らしがいけないんだと決め付けていた。ところがどっこい、自然に囲まれてみてもちっとも何にも変わらなかった。

原因はすべて自分にあった。ここに来てようやくそのことが実感できた。結局やっぱり自分次第。与えられるのを待つばかりじゃだめ。自ら求めに行くことも時には必要。

2023年2月1日の日記より

2月に入ってすぐ、濱田氏から夕食に誘われた。先輩移住者も一人同席するとのことだった。当日、僕はドキドキわくわくしながら肴屋・しんたくへと向かった。濱田氏はほぼ同時にやって来た。

席に着きしばし歓談していると、「遅れてすみません」と背中の方で声がした。振り返ろうとしたその瞬間、僕の視界は深い闇で覆われた。次に気付いたときには教会の中・・ではなく普通に肴屋・しんたくで、目の前にはいつかのドレッドの牧師(元)が座していた。

これが創示さんとの出会いだった。彼はこれまでのハッピーシュガークマノライフを思う存分に語り尽くしてくれた。が、そのスケールのでかさに僕はただただ圧倒され完膚なきまでに打ちのめされてしまった。

1時間も経たないうちに僕は貝になった。頭の中では「今日の日はさようなら」が延々と流れ続けていた。

移住に関する情報を集めていたときにも同じような思いをした。完全有機ハーブ栽培、空き家をセルフリノベ、古民家カフェ経営、米農家に転身、目に入ってくるのはそういう「デキる移住者たち」の話ばかりで、僕のノミほどの勇気は塩をかけられたなめくじのようにみるみる萎れていった。

多くの人にとって、移住はあくまで手段の一つでしかない。でも僕にとってはそれこそが目的だった。だからその後のことなんて微塵も考えていなかった。

引き続きウェブ制作の仕事をやりつつ、ちまちまと小説を書いて、家事をして、散歩をして、野菜を作って、映画やアニメを見て、ボーっとする。そんな自己完結的で平坦な暮らしができればそれで良かった。

数日後、再び濱田氏からお誘いを受けて創示さんの家を訪ねることになった。理想的な暮らしがそこにはあった。自ら設置したという薪ストーブで暖を取りながら「あと100回転生しても彼のような人生にたどり着くことはできないだろう」なんてことを考えた。

帰りがけ、濱田氏がふとこんなことを言った。

次号に続く(え?)

後記

この号で終わらせるつもりだった。だが張り切りすぎて予想外に文章が長くなってしまった。それならばとやむなく分けることにした。ハンカチは今しばらくそのままで。

あと先日縁あって地元の広報に僕の駄文が載ったので自慢しておく(移住を決意、ねえ。へ~)

●読後のデザートBGM

次号はこちら。

 

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