旧号
前説
やあ読者諸豚ごきげんよう。こちらはすっかり暑さも和らいで秋まっしぐらといった様相を呈しているが、そちらはどういったご塩梅だろうか。
こうしていざ秋の入り口に立ってみると、あの嫌で嫌でたまらなかった夏の蒸し暑さが妙に愛おしく思えてくるからまったく不思議なものである。
無論、再び目の前にあの暑さが現れたら辟易するのは言うまでもない。単に、無い物をねだるのは人間の常というだけの話。
さあさ、それでは早速本題へ。
本編
旅から戻りいよいよ10月の小田原行きが現実味を帯び始めてきた頃、一つの小さな亀裂が僕の中に生じていることに気付いた。そいつは日増しに大きくなっていって、一週間あまりで僕の決意はそこから全て漏れ出してしまった。ちゃんとジップロックに入れておくべきだったと後悔してももう後の祭り。
その状況下で僕にできることといえば、小田原の物件に断りを入れることぐらいのものだった。
当時の日記を読み返してみると、生々しい葛藤の痕跡が随所に刻み付けられていた。そのうちの一つを引用してみよう。
スレンダー系JD中出し個撮で一発。フィニッシュ直前までしか収録されておらず真っ暗な画面とともにいき果てる。
なんという悲劇だろう。赤十字社も真っ青の非人道ぶり。むしろカットするべきは冒頭のショッピングモールで買い物するシーンの方ではないだろうか。と言ったら先輩諸兄からは「いや、むしろそのシーンあってこその個撮だろ」とお叱りを受けるかもしれないが、真っ暗な画面とともにいき果てたとしても同じことが言えるだろうか?
そのときの心境を深く想像したあとで、空を見上げてみてほしい。そう、そこに見えたものこそがあなたのアナザースカイ。
いやはや、とんだとんでもない茶番に付き合わせてしまった。せめてものお詫びとして「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった。今は反省している」と棒読みさせていただきたい。聡明なる先輩諸氏の中にはもうすでにお気付きの方もいらっしゃるかもしれないが、上の2段落は個撮における「冒頭のショッピングモールで買い物するシーン」と同義である。
それでは、個撮における本番シーンにいざ参ろう。
**
亀裂の原因は要するに「熊野に住みたいな」だった。それによって小田原に引っ越すことは妥協なのではないかと思い始めるようになった。そしてついに耐え切れなくなりキャンセルに至った。
担当いただいたスズキ氏には本当に申し訳ないことをした。せめてものお詫びとして「小田原で家をお探しならぜひマイハウスへ」と宣伝させていただきたい。もちろん今回は棒読みではない。
断ることを決めた日には山ちゃんから偶然連絡があり、断りを入れた日には濱田氏から偶然連絡があった。まるでトゥルーマン・ショーのように完璧なタイミング。僕はただただもう、ラストシーンのあのトゥルーマンのように、両手を広げ空を見つめながら不敵に笑うしかなかった。でも頭の中ではなぜだかずっとバグダッド・カフェの「コーリング・ユー」がゆるやかに流れ続けていた。
熊野市運営のお試し移住施設が空いていることも分かり、僕はまたすぐにでも家探しのため熊野へ行こうと思っていた。そうでなければ、この高まった熊野熱がどこかへ逃げて行ってしまう気がした。
でもそのときふいに、いつぞやの東海林のり子が僕にこんなことを囁きかけてきた。
「スレンダー系JD中出し個撮で抜くのもいいけどね、移住前に親知らずも抜いといた方がいいわよ」
それから僕は、黒い画面とともにいき果てたときのような心境でもってグーグルにそっと「親知らず 抜歯 痛い」と尋ねた。
次号へ続く。
後記
一進一退。一喜一憂。一長一短。一朝一夕。一回一万。
当時の僕の気持ちを一字一句違わずに表現してくれる言葉は残念ながら一つもない。そう分かっていながらも懲りずにそれを探し続けるのは、空気に向かって延々と腰を振り続けるぐらい無意味なことだ。
そう分かっていながらも懲りずに記事を書き続けるのは、それ以上にきっと無意味なことなのかもしれない。じゃあ意味のあることって何だろう。そうやってまたことばの袋小路にはまってゆく。
つまり何が言いたいかというと、め
●読後のデザートBGM
次号はこちら。
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