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第5話|上X下B左L右Rを2回、あるいは上上下下左右左右BA

旧号

前説

やあ読者諸豚、いかがお過ごしだろうか?
こちらは先日の台風7号で勝手口ドアのアルミパネルがバシルーラというハプニングがあったもののしぶとく元気にやっている。

え?玄関扉のガラスが割れやしないかとびくびくしている間に朝になっていたんじゃないのかって?まったく、冗談はその陥没乳首だけにしてくれないか。この高野豆腐メンタルの僕に限ってまさかそんなことあるわけないだろう?

自然の前では人間はあまりにも無力。この地に住まう人々はそれを自然と受け入れているように見える。

「壊れたらまた直せばいいじゃない。時間はたっぷりあるんだもの」

そんなどこか牧歌的なゆるゆるとした雰囲気がここ熊野には溢れている。それでは、ここで一曲。

本編

がらりと開いた戸の隙間からひょっこりと顔を覗かせたのは、ほんわかとした人の良さそうな同年代ぐらいの男性だった。

「あのー、予約してないんですけど、部屋空いてますかねえ?」とボビー・オロゴン風の出だしから恐る恐るしどろもどろに尋ねると「ええ、空いてますよ」とケロリンと一言。これがわがらん家オーナー山高さん(以降山ちゃん)との出会いだった。

その刹那、どこからともなくしまっちゃうおじさんが現れて底知れぬ安らぎの中にひょいっと僕を放り込んだ。このとき僕は生まれて初めてしまわれちゃったことを嬉しく思った。

山ちゃんは「準備するのでちょっと待っていてください」と駆け足で二階へと消えていった。ふいにあたりを見回すと懐かしいものたちが一斉に目の中に飛び込んできた。

ソフトグライダー、ビーダマン、ミニ四駆、SDガンダムのプラモ、ファミコン、スーファミ、クレヨンしんちゃんやドラえもんの映画ポスター、マルカワのフーセンガムその他諸々。

ノスタルジーとメランコリーが出会って3秒で合体したような感情に襲われて、僕は一人コダックのように頭を抱え込んだ。

ここは一体何なんだ。なぜこれほどまでにほっとするんだろう。写真を撮るのも忘れ、走馬灯のように駆け巡る幾多の思い出たちにしばし浸った。

ここでもし再度しまっちゃうおじさんが現れて「今度はあの世にしまっちゃうからね」と言われても、一切動じることなく「はい喜んで」と庄屋スタイルではっきりと答えられる自信が僕にはあった。

でも結局、しまっちゃうおじさんは二度と僕の前には現れてくれなかった。まったく、いけずなこったね。

「準備終わりました」

代わって僕の前に現れたのは山ちゃんだった。僕はさっと支払いを済ませると、部屋に荷物をポイっと投げ入れてすぐにまた下の階に降りていった。

とにかく1秒でも早く彼と思い出話に花を咲かせたいと思った。が、彼は何やら用事があるとのことで「すぐに戻ります」と言い残して出掛けていった。まったく、いけずなこったね。

もし戸を叩くタイミングが数分でも遅れていたならきっと僕は今ここにいなかっただろう、と彼の背中を見てふと思った。彼も後で同じようなことを僕に言った。人生とは機運。もとい機運こそ人生。

改めてあたりを見回した。あの頃夢中で遊んだゲームソフトたちが仲間になりたそうにこちらを見ていた。

ロックマンX、マリオカート、ファイナルファイト、ドラゴンボールZスーパー武道伝(上X下B左L右Rを2回)、シャイニングスコーピオン、ドラクエ6、ヨッシーアイランド、ドンキーコング、ストリートファイターⅡ、ボンバーマンその他諸々。

ただぼんやりと眺めるばかりで実際にやってみようという気は起こらなかった。自分がオトナ帝国の一員になっていたことをこのとき初めて知った。劇場版ドラゴンボールZ 龍拳爆発のポスターをまじまじと見つめていたところへ山ちゃんが戻ってきた。

座ることも忘れるほどにノンストップで思い出話に花を咲かせた。途中、腹が鳴って時計を見ると19時半になっていた。ここに来たのは16時ちょっと過ぎ。

時間はこうやっていつだって天邪鬼。退屈な時は鉛のように動かないくせに。僕はまだまだ話していたくて「夕食一緒にどうですか?」とすがり付いた。彼は「いいですよ」とまたもケロリンと一言。

彼の行きつけだという「グリルモリ」はすでに閉まっていた。散歩がてら探してみようということになり、僕らはひとまず外に出た。ぬらりひょんとしたとても感じの悪い夜だった。

開いているお店はどこも居酒屋ばかりで、僕らは完全に夕食難民と化した。しばらく歩いていると、彼は奥歯の間にずっと引っかかっていた小ネギが取れた時ぐらいのテンションで「あっ」と声を上げた。それから「喫茶ホワイトにしましょうか」と言った。

僕らは揃ってハンバーグ定食を注文した。何だか妙にほっこりとする味だった。ナツメグの代わりにうっかりカモミールでも練り込んでしまったのではないかと思わせるほどに。ここでは彼の銭湯再建計画の話に終始した。

宿に戻ってからもお互いのこと、日々のこと、今考えていること、これからのこと、これまでに読んだ本のこと、ここに来たきっかけである濱田大先生のこと、山ちゃんが参加しているとある会のことなど、とめどなく取り留めもなく、映画のカットが変わってゆくようなぶつ切り感で延々と語り続けた。

シラフの状態でこれほどだらだらと熱く語り合ったのはおそらく10代後半以来のことだ。

あの当時、僕は高校時代の友人である阿部君と翔君とともに、近所のガストでドリンクバーと山盛りポテトフライだけを頼み、夜22時ごろから朝方までぐだぐだと音楽・映画・夢・将来などについて語り明かす「ザ・3名様ごっこ」というモラトリアムにぴったりな遊びを繰り返していた。

建設的な話なんて一つも出やしない。ただただ、己が思想や理想をぶちまけ合って傷をなめ合うだけの単なるオナニー団体戦。でも決して後ろ向きではなかった。

最後は決まって「まあ俺たちまだまだこれからだよな」と翔君が締め、キッズ・リターンのラストシーンさながらの爽やかな哀愁感を漂わせつつ解散という流れ。

家に帰りそのままベッドに寝っ転がって、もうすっかりと白けた空を窓越しに見つめながら、ちょっとしんみりな曲をMDウォークマンでリピート再生するあの時間が何よりも愛おしかった。

自分を特別な存在だと信じて疑わなかったあの時だからこそ味わえた感覚。世界は胸ポケットにおさまるくらいちっぽけで、その気になればどんなことだってできるって本気で思っていた。さてと、本格的にポエムタイムが始まる前に切り上げるとしよう。

山ちゃんとの真剣三十代しゃべり場はその後深夜2時近くまで続けられた。「人生を見つめ直すためにここを訪れる人も多いです。あなたもきっと呼ばれたのかもしれませんね」彼のそんな何気ない一言が心の奥の奥でこだましていた。

結局、台風7号の日と同様、僕は一睡もできなかった。

後記

ここまで読んでくれてどうもありがとう、ぶたやろう。この記事に出会ったということはきっと、あなたも少なからず熊野にご縁があるということなのだろう。

もし今の生き方に違和感や行き詰まり(息詰まり)を感じているのなら絶好の熊野日和といえる。その時はとりあえずわがらん家に予約だけ入れて、ふらりと一人で訪れてみて欲しい。

そのときはぜひ僕のインスタのDMに「熊野なう」とご一報いただけるとなお嬉しい。ゲームでもしながらあなたのこれまでとこれからの人生についてゆるりと語りましょう。

後のことはまたそのときに考えればいい。何も計画せずとも、物事は自然と定まってゆくものだ。

もし気に入ったならそのまま勢い任せに移住しちゃってもいい。直感に従ってさえいれば何も案ずることはない。びびりの僕が言うのだから間違いない。たぶん。

●読後のデザートBGM

次号はこちら。

 

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